堀江美都子氏 特別講義(2009年)・2

堀江美都子氏・特別講義(2009年)・2
私が歌手になったのは、当時東京で暮らしていたおばさんが、「ちびっこのどじまん」という番組に、知らないうちに応募していたのがきっかけです。テレビ局を見物しに行くつもりで予選に出場したら、あれよあれよという間に本選で歌うことになっちゃったんです。
でも実は、私って、あんまり明るい子供じゃなかったんですよね。本選で披露したのも『ドナドナ』というとっても暗い歌で、大人からは「もっと明るくて元気な歌じゃなきゃダメだ」と叱られました。
「どうして、そういう歌じゃなきゃダメなんだ」と内心では反発する気持ちがあって、その時に歌に対する思いが芽生えたのかもしれません。ですが結局、入賞はできず、しばらくは普通の子供に戻っていました。
本格的に道が開けたのは、「ちびっこのどじまん」で私のことを知ったテレビ局から、合唱団に入らないかと誘われた時です。
自分で言うのも何ですが、割としっかりした子供だったのだと思います。毎週日曜日になると、一人で東京のテレビ局に通って歌の基礎を教わりました。そうして懸命に頑張っていたら、いつの間にかプロになっていたわけです。
ちょうどその頃、コロムビアレコードという会社で、アニメ専門の歌手を子供から育成するプロジェクトが始まっていました。それまでアニメで歌っていたのは大人がほとんどでしたから、テレビを見ている子供たちの代表として、共感できる同じ立場から歌を届ける、いわばアイドルを育てようと考えたわけです。大人向けに作られていた流行歌とは違う、子供が口ずさめる歌を作ろうという意図もあったのでしょうね。
とにかく、みんなが力を合わせて、試行錯誤を繰り返しながらも、新しいものを生み出していこうという意気込みに満ちた時代でした。
『紅三四郎』という作品の主題歌が私のデビュー作になるのですが、レコーディングも今のように便利に出来るわけではありませんでした。オーケストラとの同録、つまり沢山の人が生演奏するのと同時に歌って録音したんです。誰か一人でも失敗したら最初からやり直しという、とても厳しい現場です。私も怖いもの知らずの子供でしたから、かえって乗り切れたのかもしれません。
当時は歌を覚えようにも、ipodどころかウォークマンさえありませんから、耳で曲を聴けない時には譜面を見るしかありません。私はバイオリンを習っていたおかげで、何となくですが譜面を読むことができましたから、ずいぶんと助けになりましたね。
東映アニメーション作品との出会いは、『魔法のマコちゃん』で主題歌を歌わせてもらったのがきっかけです。オープニングの映像は、今でも鮮明に覚えていますよ。アニメの歌は、画面に流れる映像と一緒に記憶に残るものですから。
それからも色々な番組で歌わせてもらっているうちに、アニメーションという表現に合う歌手だと評価を頂くようになりました。声自体も、少女から女性へと近付く時期に差しかかって、グレードアップしていたのでしょう。本当に沢山の番組に出会うことができました。
(編集構成:本川耕平)
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